相変わらずむちゃくちゃなことを書いているブログがあります。
「認知症の両親」がテーマなのに、母親はいつの間にか認知症ではなくなっていて、今あらたに認知症になるかも知れないと心配したり、弁護士に債務整理をお願いしているのに、借金の利息が気になっているとか・・・

弁護士にお願いした時点で、借金返済は中断して、借金返済に回すはずだったお金を弁護士に積み立ててもらうのが普通だと思うのですが、いまだに勝手に借金返済してるし・・・

架空ブログだと認識された方は問題がありませんが、いまだにガチブログだと思っている方が、お金が無ければ両親の介護すら出来ないと間違った認識を持たれると自分の将来を悲観してしまうでしょう。

そこで、私の父親のケースを紹介します。
これは私の父に対する懺悔でもあります。

私の父親は、私が高校3年の頃には、家から出て行ってしまいました。
家出ではなくて、職場で知り合った女性の家に転がり込んだのです。

父もバツイチ、女性もバツイチで、ともに子供がいました。
私は、身体障碍者の祖母とふたりで暮らしていました。祖母は私が就職して大阪に行った時から入院生活となりました。

1年後ぐらいに、父から連絡がありました。
「おばあちゃんを老人ホームに入れるから、市役所の福祉課に一緒に行って欲しい」と。

父とは、その半年ぐらい前に会ったのが最後でした。
約束の待ち合わせ場所に着くと驚きました。父が浮浪者になっていたのです。

集金したお金を盗んだとのことで勤務先をクビになり、女にも捨てられていたのです。
そして、病院から祖母をなんとかしろと言われて、市役所の福祉課に相談に行ったところ、ちゃんと住所も仕事もある息子が身元保証になれるのなら、祖母を特別養護老人ホームに入居させるとなったそうです。

祖母を特別養護老人ホームに預けると、父を大阪に連れていきました。
もともと、私達は大阪に住んでいたのですが、父の仕事の都合で離れていました。

田舎ではそんなに仕事もないので、仕事が多い大阪に連れて帰りました。
6畳一間のボロアパートを私の貯金で借りてあげました。

その数年後、妻と結婚するにあたり、妻の病気のことを説明して、父とは当分会えなくなると伝えました。この頃、父は再就職して、浮浪者時代とは全然違う体形になって平穏に暮らしていました。

約15年後のある日のこと、会社の受付から「●●不動産の方と、お父様が住んでおられる部屋の家主と名乗る方が、お会いしたいと来られていますが、どうされますか?」と電話が入りました。
上司に事情を言って、すぐに会いに行きました。


「お父さんの部屋がゴミ屋敷になってしまっているのです。ほっておけないので、一度見に来てもらえませんか」

その週末、妻にはアルバイトに行くと言って父のところにいきました。
最初のアパートは立ち退きになっていて、別のところに住んでいました。

不動産業者の方と、家主さんと一緒に部屋に行きました。そしてドアを開けると、ゴミ屋敷が現れました。
父は、ゴミの山の中に、ボロボロの布団を敷いてその上に座って、タバコを吸っていました。
髪はレゲエ風、アゴひげも伸び放題でした。

「お父ちゃん、どないしたんや」

そう、声をかけると、驚きの言葉が返ってきました。

「誰?」

「***や、**ちゃんや?」

「知らんなあ」

父が認知症になっていたのです。

渡辺健主演の「明日の記憶」という映画で、若年性認知症になった夫の病気が進行して、最後には妻のことが分からなくなり、樋口可南子が涙を流します。
まさに、私も同じ心境になりました。


家主から、ゴミ屋敷をなんとかしてくれと要求されました。
床から1.5mぐらいまでの高さに積みあがったゴミを見て、自力じゃ無理と業者探しから始めました。

ネットで検索して、電話で見積もり依頼すると、現地も見ずに「30万円」とか「50万円」とか足元見られまくりの返事の連発でした。
その後、ようやく現場を見てくれて「15万円」と見積もってくれた業者に依頼しました。

分別しながら半日がかりでゴミを捨てたのち、自力で掃除しました。

部屋の掃除が終わったのち、今度は父自身の掃除を開始しました。

髪がコテコテのレゲエ、アゴひげは仙人級。父の部屋には風呂がないので銭湯に連れていくしか洗う手段がないのですが、銭湯が入れてくれるはずがありません。
そこで、シェーバーを買ってきてひげを全部剃りました。そして部屋でタオルを絞って父の髪の毛をほぐして少し自分で切りました。

下着と服を新しい物に着替えさせて銭湯に連れていきました。
「父だけが入ります」と説明すると、私は中で待たせてもらいました。

約30分後、きれいになった父が風呂からあがってきました。

銭湯の次に、理髪店に連れて行きました。ようやく人間らしい姿に戻りました。


父が認知症になってしまった以上、このまま放置したらまたゴミ屋敷に戻ってしまいます。
それではだめなので、市役所に相談に行きました。
地域の包括支援センターを紹介され、そして担当のケアマネがつきました。

ゴミ屋敷を安い値段で掃除してくださった業者の知り合いにホームヘルパー業者がいるとのことだったので依頼しました。

最初は週1回、父の部屋の掃除と洗濯、その日だけの食事の準備などをやっていただきました。費用は父の年金でまかなえました。

認知症がさらに進行してからは、要介護の等級をあげてもらって週1回のホームヘルパーと週1回のデイサービスの利用になりました。

その後、脳梗塞になって体調を崩して、亡くなるまでの間、病院併設の老人ホーム的な施設でくらしました。

お金のない父、私でしたが、父の15万円程度の年金でお世話になることができました。

私同様、生活苦で親の面倒が見れない場合、まずは市役所などに相談してください。

皆さんの応援だけがブログを続けるための原動力です。

バナーをポチッとして応援お願いします!