前の記事を読んで「3時間も寝れるだけならまだいいじゃないか」と思われた方もおられることでしょう。
でも、若くないので辛いです。

過去に、3時間も睡眠なしで働いていた時があります。

結婚2年目のある時期と、1994年~1995年の約1年間の週一です。

妻が摂食障害(この頃は拒食状態)で入院した1か月後に、クレジットカード会社から恐ろしい金額の請求書が送られてきました。
入院に備えて妻が全て高級な新品を買い揃えたからです。入院用のパジャマとガウンと下着類ですが20万円を越えていて腰がぬけました。

本業の給料だけでは支払えないので、この時からJRA場外馬券売り場で警備員のアルバイトを始めました。それだけでは足らないので、パチンコ店の閉店後清掃のアルバイトも始めました。

パチンコ店の閉店後清掃は23時~24時半ぐらいの1時間半で2,000円もらえました。
この仕事が終わって帰宅したのは、だいたい午前1時を回っていて、就寝は午前2時。
京都から大阪に通勤するために起床は毎朝5時。

この時、バイトは妻が退院するまでの短期間だけと思っていたから頑張れたのでしょう。
まさか入院中に、再び過食が始まって過食代稼ぎに永遠に続けることになるなんて思いもよりませんでした。


3時間よりも短ったのは、1994年~1995年の毎週水曜日に、JR大阪駅北側にあったゴルフドーム(今のヨドバシカメラの場所)の深夜警備員のバイトに入った時です。
勤務時間は21時~5時です。この頃にはパチンコ店の閉店後清掃は辞めていて、家計を助けるために、土日バイト以外にも稼ぐ必要があったのでこの深夜バイトを週1ですが追加したのです。

本業の家電メーカーでの仕事が終わっても、京都の自宅に帰ってたら間に合わないので、大阪でうろうろしてからバイトに入りました。バイトの前に少しでも仮眠を取りたいと思って、トイレで目を閉じたり、電車で目を閉じたりしましたがほとんど眠れませんでした。

仕事前の仮眠がほとんど取れなかったので、仕事が終わった早朝5時から、家電メーカーの始業時間9時までの間に、いかに睡眠を取るか工夫しました。

JR大阪環状線を何周もしながら眠ったり、通勤定期があるので京阪電車で眠りながら往復しました。当然熟睡もできずに1時間程度しか眠れませんでした。

そんな状態で家電メーカーに出勤して、働けたもんだと自分に感心しています。

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